蒲谷鶴彦さんの追悼DVD
2008 / 06 / 09 ( Mon ) 2007年1月15日、蒲谷鶴彦さんという不世出の偉人が永い眠りにつかれました。享年八十歳。
蒲谷先生が野鳥録音とそれに伴う野鳥研究の分野に残された足跡は、空前絶後の偉業…と云っても決して過言ではありません。 ・弟、芳比古さんが自作した録音機で軽井沢の野鳥録音を始めたのが1951年頃。 ・文化放送開局(1952)の翌年スタートしたラジオ番組「朝の小鳥」を 以後55年間、14000回以上に渡り素材録音・構成。(原稿も蒲谷先生の手によるもの) ・生涯に録音した野鳥=世界77ヶ国、1000種類以上。 いったい日本はもとより世界中をみても、これほど「音楽以外の音」を録り続けた人が他にいるのでしょうか…。蒲谷鶴彦さんの録音史はそのまま磁気テープ野外録音の歴史でもあります。 まだまだこれだけではありません。知れば知るほどビックリすることだらけでして…。 生涯野山を駆けめぐった蒲谷先生、さぞかしのタフガイだったに違いない…と思いきや、幼少の頃より病弱、体重35kgほどで一番太った時でさえ40kgだった…。 14000回超に及ぶ文化放送「朝の小鳥」の放送は一度も穴をあけることなく一人で録音・編集・原稿書きを続けた…。しかもこの長寿番組、1959年〜1992年の33年間は毎日オンエアーだったというのですから、もはや絶句するしかありません。 それなのに、私はこの蒲谷先生のお名前のみ記憶していただけで、詳しいこと何一つ知らずにこれまで四十年オメオメと生き恥さらしてきたのでした。野鳥ワールドの知識と情報に疎かったばかりに…。悔やんでも悔やみきれません。 ただ幸いなことに、日光野鳥研究会という団体が蒲谷先生のご講演を音声ファイルで公開してくれています。巨星墜ちたいま、野鳥録音界の星である松田道生さんとの対談などもアップされていて、私のような者にとっては宝石のような録音記録。(「朝の小鳥」の放送は松田道生さんが蒲谷先生を引き継いでいらっしゃるようです。) 講演が聴けるサイトはコチラ→日光野鳥研究会 先生ご自身は「私は話すのがあまり上手でなくて…」などとおっしゃっているのですが、とんでもない。往年の天才落語家、志ん生の語り口をどこか彷彿とさせるような飄逸を漂わせつつ、志ん生をもっともっと優しくしたような蒲谷先生のお話しぶりに私は一発でノックアウト。誤解を恐れずに云えば、本当の道楽を生涯徹底してやり抜いた男の声…を感じました。 このことでより一層、ご存命中に直接このお声を聴く機会があったなら…とアタマを抱えたのですが、まあいずれにせよ、この録音を繰り返し聴きつつなぐさめとしていたのです。 ところがなんと…。 『日本でいちばん鳥を聴いた男 蒲谷鶴彦さんがいく』 という追悼DVDが完成、実費頒布してくださる…というではないですか! ![]() さっそく注文。迅速なお手配を戴き、さっそく到着、さっそく鑑賞。 素晴らしい…。 私の深い後悔が癒される思いでした。 過度の演出を排除したこのレクイエム作品は、 ・ナレーション無し ・白黒写真のスライドショー ・音は鳥の鳴き声と最小限の音楽のみ という構成ながら、立派なドキュメンタリー映画。 「これらの鳴き声を録ったマイクの後ろには、ヘッドフォンをかけた 体重35kgの蒲谷鶴彦が居る…」 と、先生の気配にさえ耳を澄ましつつ、あっという間の二十数分間でした。 1951年7月19日、前述の自作録音機を携え、東京は御岳山で録音した(当時ブッポーソーと誤称されていた)コノハズクの鳴き声も聴くことが出来てもう胸はドキドキ…。 御岳神社の電柱から盗電(!)して行われたというこのフィールドレコーディングは 「あれほどマイクの近くでコノハズクが鳴いたことは この後五十年、一度もありませんでした…。」 と蒲谷先生自身が回想する伝説の録音です…。 このDVDはバード・フォト・アーカイブスの塚本洋三さんという、 蒲谷先生とおつきあいの長かった方がほぼ自主制作のような形で お作りになったもの。 作品の入手先その他を以下に記しておきます。 商品サイトはコチラ↓ バード・フォト・アーカイブスのBPAショップ DVD『日本でいちばん鳥を聴いた男 蒲谷鶴彦さんがいく』 野鳥録音■蒲谷鶴彦 音楽■岸本寿男 制作協力■スワロフスキー・オプティック 制作・著作■有)バード・フォト・アーカイブス 約27分 DVD-R ■頒布価格税込¥1,500(送料別) 「ボクが死んだら、どこか録音に行っているとでも思ってほしい。」 蒲谷鶴彦先生が残した言葉です。 |
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